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孤高であることの強さ

ヘルマン・ヘッセの『わがままこそ最高の美徳』は、「わがまま」と「個性の尊重」をテーマとする詩文を収めたものである。 改めて、彼の個としての強さ、孤独を引き受ける潔さに感じ入ると同時に、路上で立ち往生しているような若者を励まし、勇気づけるエルダーの心も感じた。 それは、彼の少年時代からも見てとれる。こっそりと父親の部屋に入り込み、悪事を働いてしまった「ぼく」に対し、父親が感情を抑えながら問い詰める。そのときの「ぼく」は一人の人間として父親を観察している。 「お父さんみたいに、あんなに頭が良くて偉い人が、どうしてそんなに無意味なことを聞くのだろう!」(子供の心) また、ヘッセは14歳のとき自殺未遂を起こし、両親に精神病院に入れられる。そのとき両親に宛てた手紙から、彼の不屈さを感じる。 「ぼくは人間です。シラーが言っているように『一個の人格』なのです。ぼくを生んだものは、ただひとつ、自然だけです。(中略)ぼくは、自然に対して真剣に、そして厳粛に、普遍的人権を、さらに、ぼく固有の人権を要求します。」(両親への手紙) そして、作家としての地位を獲得した後も、何にも迎合せず、自分の心に忠実である姿に強く惹かれる。 「『英雄』とは、従順で実直な市民や義務の遂行者のことではない。ただ、自分自身の『固有の心』、自分自身の崇高な、生来もっている『わがまま』を、自分の運命とした個人だけが英雄的でありえるのだ。(中略)自分自身の運命を歩む勇気を見いだす者のみが英雄なのである。」(わがまま) 「世界は改良されるために存在するものではない。君たちも改良されるために存在するのではない。けれど、君たち自身であ

場とダンスする

先日、図書館で借りた2冊の本をまだ読み切れずにいる。どちらの本も、自分の過去や今だけでなく、未来までも照らしてくれるようで、味わいながら読み進めたくなる。 そのうちの一冊、プロセスワークの創始者であるミンデルの『大地の心理学』を読んでいる最中に、来日中のヨガティーチャー Jovinnaによる「Soul Motion」というプログラムに参加した。表現はそれぞれだが、プロセスワークとSoul Motionが見ようとしている景色は同じなのだと思う。Soul Motionの体験を、プロセスワークの表現で振り返る作業ができて、そのシンクロ具合に感嘆が止まらない。 Soul Motionは、一見すると、振り付けのない自由な動きやダンスのプログラムにみえる。しかし、それを実際に体験してみると、体の動き・空間での振る舞い・他者との交流を通して、自分のあり方を再確認できるとても刺激的なプログラムだった。 『大地の心理学』の中に次のような一文がある。 「場とワークすること—すなわち、投影を引き戻すこと—は重要である。そして、場とダンスすることを学ぶのも重要である。」 Soul Motionを体験しながら、自分が「場」に存在している様々なものを感じながら、動いていることに気づいた。「私が動いている」という能動的な感覚と、「私は動かされている」という受動的な感覚の両方を見ているのが、実に興味深かった。 また、Soul Motionの中でJovinnaが提案してくれた「Fully Alive」というテーマも、プロセスワークの中で「人生を創造し、動かす何か」として提案される「大きな自己」と通じるものがあっ

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