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    意識と無意識の調和-ポロック展

    March 14, 2012

    親知らずを抜いて間もない頃、東京国立近代美術館で開催されている「ジャクソン・ポロック展」に出かけた。痛みを抱えていたら、展示に集中できないだろうけれど、会期中で他に行けそうな日がなかったので、意を決したのだ。

     

    かの有名な「インディアンレッドの地の壁画」は、やはり格別だった。全体が視野に入るように離れて観ると、絡み合うような線が有機的に立ち上がり、凄まじいエネルギーを発しているのを感じる。絵が放つ力と、その絵の中に引き込まれるような力とを感じながら、作品の前に立っていた。吸い込まれるほどの奥行き、その果てしない広がりに言葉を失う。

     

    ポロックの言葉で気になるもの。それは、意識と無意識について。

     

    絵の中にいる時、私は自分が何をしているのか気づいていない。一種の「馴染む」時期を経て初めて、自分がしてきたことを理解する。

    私は変更したり、イメージを破壊したりすることを恐れない。なぜなら、絵画はそれ自身の生命を持っているからだ。私はそれを全うさせてやろうとする。結果がめちゃくちゃになるのは、絵とのコンタクトを失った時だけである。そうでなければ、純粋な調和、楽々としたやり取りがあり、絵はうまくゆく。

     

    Jackson Pollock "My Painting"1947

    大島徹也「ジャクソン・ポロック-存在と生成-」

     

    作家の個人展に行くのは久しぶりだった。その人の足跡をたどるように、年代を追って作品を観ると、人生とは、なるべくして起こることの積み重ねであると同時に、次に何が起こるかわからないものなのだと改めて思う。

     

    こうして展示会を訪れて思うのは、作品に添えられた解説文はどうにかならないのか、ということ。読んでよかったと思うときと、読まなければよかったと思うときとがあり、そのことで作品を観る気分や集中度が大きく影響されるからだ。あまりに実のない解説が続くと、何もない方がどれだけよいかと思ってしまう。

     

    と、愚痴てしまったけれど、ポロックの作品は素晴らしい。

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