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    話す・聴く・気づきのワークショップを終えて

    September 10, 2012

    8月19日、友人が主宰するワークショップにゲストとして招いてもらった。

     

    「話す・聴く・気づきのワークショップ」というタイトル通り、話して聴くという行為の積み重ねから、自然と気づきがもたらされる時間だった。

     

    ワークショップが終わった直後、そのとき感じたことをざっと手帳にメモしたけれど、まとまった文章を書くところまでは辿り着けなかった。

     

    しばらくの間、あの場で自分が発した言葉や、他の参加者の言葉などが、鮮明に思い出された。それは余韻のように響いて、たびたび新しい気づきが自分のもとにやってきた。

     

    印象的な言葉でも、時間が空くとあいまいな感覚としてしか残らないことも多いのに、今回のワークショップの後には、鮮明に残っている言葉がいくつかあって、それがまさにこのワークショップの意義なのかもしれないとも思った。

     

    そう、ここで話したいのは、私のもとにやってきた気づきについてでもあるし、このワークショップは私にとって何だったのかということ。脈絡をつけるのが難しいので、とにかく思いついたまま連ねてみる。

     

    ワークショップが始まってしばらくしてから、この場を自分がどう過ごしているのかが見えてきた。このワークショップは、他者と対話をすること、すなわちコミュニケーションを図ろうとすることを一度手放してみる時間ととらえている自分がいた。

     

    その代わり、他者の言葉が自分の中にどう響くかに焦点を当て、それが結晶のようになると言葉として発した。もちろん、流れの中では相手に配慮したり、相手にとって必要な情報も含ませて言葉を発するのだけれど、その言葉の芯にあるものは、他者の言葉の響きを受け取った自分が一番必要としているものだということにも気づきはじめる。

     

    今回は「生命」というテーマが掲げられおり、私はヨガ教師という立場にいる人間として、この場に招いてもらった。表向きはそうなのだが、その立場を必要以上に意識せず、素のままで参加してみようというのが自分の意図だった。けれども、自分の中から出てくる言葉は、ヨガを通して学んだことばかりで、ヨガが今の自分の思考を形成する核のようなものになっているのだということに改めて気づかされた。

     

    このワークショップは、言葉をキャッチボールすることを意図した場ではないので、みんな思い思いのタイミングで言葉を放っていく。目の前に並んでいく言葉たちと、その言葉に反応して自分の中に沸いてくるもの。一時に立ち上がってくる言葉やフィーリングを眺める時間が続く。

     

    それは今起きていることに集中する作業でもあるので、4時間におよぶワークショップが終わったときは、どっと疲れた気分になった。人によっては、掲げられたテーマを掘り下げるためにもっと時間がほしいと感じる人もいるのかもしれないが、この場にとどまり続けるという観点からすると、十分な時間だったように思う。

     

    今回のワークショップには、ファシリテーターという役割は置かれているものの、ファシリテーター自身も他の参加者と同様に参加しているので、場がどのように展開していくのかは、本当に未知だった。そんな実験的な場だったからこそ、自然な展開が見せてくれるような気づきも多かった。

     

    自分の反応として現れてきたものも、他者の言葉がいくつか重ねられることで変化してくる。また、誰かの言葉にインスパイアされて、急に新しく浮かび上がってくるものがあったりする。その変化し続ける思いを、どのタイミングで自分の言葉として発するか。リリースするタイミングを計る自分もいた。

     

    日常の会話よりも、言葉と言葉の間に直接的関係がないことも多く、また沈黙というスペースもある。自分の発した言葉が間髪入れずに肯定や否定されるのではなく、沈黙という空白の後に、自分の言葉の波紋がどんな風に広がったのかを知ることになる。

     

    日常での沈黙は、時に緊張やプレッシャーをもたらすものだが、ここでは、自分が快・不快と反応していることに気づき、冷静になれるだけのスペースをくれた。

     

    人は、ある立場からものを見て、考えているのだということがよく分かったし、一人ひとり必要としていることが違うのだということも分かった。そして、このワークショップに参加したことで、各人が必要としていたものをそれぞれ手にしていたように感じられたことも驚きだった。誰が何をした訳でなく、結果としてもたらされたという展開が驚きだった。

     

    一つひとつの言葉が、その人を表現している。言葉を探っていたり、言いよどんだり、それすら表現で、そこから聴き手はメッセージを受け取っている。「言葉をもつ」とはどういうことなのか考えさせられる時間だった。

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